2013.08.29 木曜日

豊橋発:山片蟠桃

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  「山片蟠桃(ヤマガタバントウ:1748―1821)の著書「夢の代(しろ)」(12巻)を掲載する。蟠桃は大坂の大名貸商人升屋(マスヤ)山片家の番頭として活発な経済活動を行うかたわら、天文学、地理学、歴史、経済学、俗信の否定、医学などの広い分野において、独創的な意見を発表した学者でもある。」

 
 
 蟠桃が勤めていた升屋は米穀商だった。蟠桃が丁稚になったころは2代目となって栄えていた。しかし、どこでもそうだが2代目は商才に冴えないばかりか、規則ばかりを増やして、手代をはじめとした従業員を縛り付けていた。厳しい規則はないのも同じだ。機能しないためにだんだん破られるようになってしまう。
 
 そこで、主人はついに労務管理を蟠桃に任せることにした。蟠桃は門限を守ることというただ一つの規則にした。そのかわり徹底的に守らせ、雨であろうが、雪であろうが門限破りは屋敷に入れないようにした。以来、店の雰囲気は一変し、誰もが店の秩序を意識するようになったという。
 
 この山片蟠桃は、さらに仙台藩の財政立て直しにも貢献する。これは実に奇想天外なアイディアだ。農民から正価で米を買い上げて売る商売を始めたのであるが、それを米札で支払った。もちろん、升屋が必ず換価するという保証付きで信用を高めた。
 
 その結果、米札が流通し、米の決済を米札でできるようになったのである。米札を発行すれば、その分現金を支払わなくて済むのであるからお金が余る。余ったお金を大阪に回して金貸しの資金とする。つまり、利息を得るようにするのである。
 
 この仕組みで仙台藩は立ち直っていったのである。
 
 これらは蟠桃と同世代の江戸時代の思想家、海保青陵が「小升談」としてまとめ上げ、絶賛している。海保は「経世済民」を信条に、経済の発展こそ民の幸福があると説いた江戸時代の思想家。