2013.09.03 火曜日

豊橋発:社員に好かれたい?

社員に好かれたい?

 ドラッカーじゃないが、社長の役割はなんと言っても「利益」を生み出すことだ。利益がなければ企業が存続できないのだからこれは当たり前のことだ。利益の存在はより大きな事業を可能にする。「私の事業がなければ、世の中は別の世の中になっていたはずだ」という実感が社長の支えとなっている。中小企業にあっては、事業の拡大と個人の活動領域の拡大は区別がつかない。

 
 社員はどうだろうか。  ドラッカーは社員の達成感を重視する。社員は幸福でありたいと願う。人間というのはそういう生物だ。人間は生活にゆとりがあり、自分が発展していくことに喜びを感じるタイプの動物だ。ドラッカー流の達成感というのは、社員自身の職業的能力の向上があり、その能力が会社を動かし、さらに、社会が動いていったという感覚ではないだろうか。
 
 もっと理想的には会社全体が共同することで自分の能力が発展し、会社は動いていった。市場は的確に反応して社会は動いていった。こういう感覚を持つことが達成感を持ったという感覚ではないだろうか。
 
 社長と社員の関係はどうだろうか。  中小企業では社長が何でも決める。部下に分権していても社長が決める。  社長は会社をマネジメントする。社員はマネジメントされる側でしかない。  社員はコントロールされる側でしかない。
 
 しかし、こんな考え方では永遠に社長・会社と社員の間には溝ができ続けるだろう。社長は自分が本当に支持されているかどうかいつも不安になるだろう。社員はいつも支配されている、自分の生み出した利益を吸い取られていると思うだろう。あるいは、社員はそういう風に思っているに違いないと疑ってしまうだろう。
 
 社員は社長と信頼関係を作りたいと願っている。社長に評価されたいと願っている。これは、本当かどうか分からない。社員も自分の生活がある以上、自分の生活を捨ててまで会社に着く好きなどないかもしれない。時には自分の利益を貫いて、会社の利益を2番目に考えているかも知れない。しかし、社員は社長や会社に評価されたがっている、そういうものだと信じて行動するほかない。
 
 社長と社員の「関係」、これは実在するものだ。社員から社長への目線、社長から社員への目線だけでは足りない。社員と社長との関係そのものに対する目線、これがなければ愛情は生まれないし、本当の達成感は実現されない。
 
 人間は「性善」であると信じることから始めよう。私が正しければ、社員は必ず信頼する。私に私心がなければ、社員は私心なく仕事をしてくれる。そこに、「信頼関係」という「関係」が発生する。関係そのものに対する視点、関係そのものが発展する関係、そこに社内団結の鍵がある。