2014.11.28 金曜日

豊橋発:人材としての優秀さはどこで分かれるか

法律相談はE&J豊橋法律事務所の弁護士が対応いたします。

 

 中小企業では言うまでもなく人材の確保が大きな課題だ。
 弁護士は人間性と高い専門性が求められる。
 
 弁護士集団のほとんどは比較的有名大学出身者たちで占められている。
 
 もちろん、有名大学出身者が有能であるという保証はないのだが、抽象的な思考や、論理的な構成力といった基本的な能力には違いがある。彼らはまがりなりにも厳しい受験競争を勝ち抜いてきたのだ。
 
 彼らは受験勉強については並々ならぬ忍耐力を兼ね備え、抽象思考や論理思考を繰り返してきた。ある種の明快なガイドラインがあれば、彼らはそれなりに極めて高い能力を発揮していくだろう。
 
 ところで、優等生だった彼らの少なくない数が、実は非常に素直なところがある。人間性や、経済活動の持つダイナミズムなど、感銘を受ければスポンジが水を吸い込むように理念を吸収していく。ここの能力はおそらく、私の感じでは才能の差としてはっきり分かれているような気がする。それは、どこまで理解するかという度量の大きさの差になって現れているのではないだろうか。
 
 いくら目先のことができても、要領の良さがあっても、人付き合いがよくまとめあげられても、ここのところの非常に大きな視点、人間性の深さと社会経済のダイナミズムについてスポンジが水を吸い込むようにどこまでもすぐれた思考を吸収する力があるという訳ではない。
 
 
 事件が難しくなればなるほど、ここの才能は必要になってくる。
 大企業では、その可能性を高く評価している。何年もかけて教育し、幹部として巣立っていくことを期待しているのだ。もっとも、ひ弱な彼らが力を発揮できるのも、大企業という官僚組織が機能しているからだ。トップが指示をすれば、末端まで組織的作用し、動く組織があってのことだ。
 
 なぜ、このようなことを言うかと言うと、弁護士を一つの事業と見た場合、弁護士は他の職業との違いは何か、どこで優位性を発揮しなければならないかという点で、はやり、高度の専門性というのが重要ではないかと思うからだ。
 
 また、「中小企業が社会経済の主人公になる社会」をテーマにした場合、それを実現するための法律事務所というコンセプトは中々存在しないだろうと思う。その場合に、人間性や民主主義や社会経済のしくみ・動向について基本的な理解が必要となる。私たちは常に事業者と同じ目線を持ちたいと思う。事業者が本当に苦しいときに共に悩むことのできる姿勢を持ちたいと思う。
 
 こうした、中小企業のための活動という社会経済的な活動の前線に立つことで自らの事業の展開を図るという法律事務所はそう多くはないだろうと思う。