2013.07.30 火曜日

豊橋発:読了。ドラッカーから得たもの。

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 ドラッカーの「マネジメントⅡ」もようやく読み終えた。ドラッカーは短い問いの形でまとめることが多い。和訳は適切なのだろうが、時々、原文にも当たりたくなる。「マネジメントⅠ、Ⅱ」の原典は入手できなかったが、ドラッカーの教科書は手に入れた。

 ドラッカーからは得るものが多い。その中で、私は何を得ただろうか。特に印象に残った考えは3つだ。
 
① 企業の目的   企業にはアイデンティティがある。企業は常に何をなすべきか、何がつとめなのか問われなければならない。それは、顧客の支持よって裏付けられる実践的なアイデンティティだ。社会的に存在意義がある企業が生き残る。逆も真だ。生き残っている企業は社会的存在意義がある。存在意義があるということは顧客が存在するということに他ならない。だから、ドラッカーは企業の目的は「顧客を生み出すこと」にあると言い切る。顧客を生み出すため、企業は生産と改革を行い、社会は進歩していく。
 
 To  know what a business is, we have to start with its purpose. Its purpose must lie outside of the business itsself. In fact, it must lei in society, since business enterprise is an organ of society. There is only one valid definition of business puporse: to create a customer.
 
② リアリズム   ドラッカーは常に実践的であれとしている。どのような理論も、現実に利益を生み出さなければ企業にとっては意味はない。しかし、利益は目的ではない。利益は結果でしかない。利益は企業活動の制約要因でしかない。もっとも、利益は目的を実現したかどうかを図る尺度となる。それは顧客の支持を受けているかどうかの尺度だ。つまり、企業の存続目的である「顧客を生み出すこと」を図る尺度だ。
 
  An essential step in decideing what our business is, what it will be, and what it should be is, therefore, systematic analysis of all existing products, service, processes, market, end-uses, and ditribution channels. Are they still viable? And are they likely to remain viable? Do they still give value to the customer? And are they likely to do so tommrrow? Do they still fit the realities of population and market, of technology? And if not, how can we best abandon them. 
 
③ 責任   ドラッカーではresponsible という言葉がよく出てくる。ドラッカーマネジメント理論の核心にかかわる問題だ。
  CEOから現場労働者まで、responsibleの重要性を説く。私のつたない理解では責任が持てるとは決断をする、決断ができるという意味だろう。企業体のあらゆる働き手(worker)が相応の責任を持ち、決断することができることが必要だという。人間は機械の部品ではない。チャップリンのモダンタイムズのようなことは現代社会には通用しないと考えている。
 
  このresponsible というのは形容詞として利用されている。The responsible workerという言葉となっている。それは、決断できる労働者、決断を求められる労働者、決断する労働者の全てを含んだ意味合いだ。
 
  ドラッカー流の「責任」の意味は私ではうまく言い表せない。
  例えば、責任をこんな風に使う。ドラッカーは企業のプランニングについては未来を予測するのではないという。それは将来のために今を決断する作業であり、リスクを引き受ける作業であるという。プランを立てて決断するとは、何が正しいかということではない。問題を正確に把握し、決断し、実践し、検証するそうした作業であるという。それが責任あるプランニングだ。      Decision making is not a mechanical job. It is risk taking and a challenge to judgment. The “right answer”(which usually cannot be found anyway) is not central. Central is understanding the problem. Decision making is not an intellectual exercise. It mobilizes the vision, energies, and resources of the organization for effective action. At the end, it is an exercise in courage and responsibility.