名古屋E&J法律事務所ブログ

2016.08.02 火曜日

中国人の遵法意識

范云涛という人の「中国ビジネス法務戦略」という本を読んでいる。2004年発行というのだから少し古くなっているが、内容はかなりしっかりしている。中国人だがよほどよく日本のことを勉強したのだろう。

 
 その中で中国人の法観念、契約意識という章がある。
 その中で「訴訟」に関する考え方が示されている。
 
「日本人の司法観は、主に集団主義的で階層性に根ざす調和の取れた秩序意識に支えられているようだ。・・・法的手続は人間関係における破綻を意味するものと受け取られている。」
 
「他方、中国の場合は訴訟意識にかかる心理的なハンディはまったくなく、アメリカ人の発想にむしろ勝るとも劣らないほど権利主張が盛んで、白黒をはっきりさせる論理的思考を司法判断に持ち込ませることを好む。」
 
「基本的には、中国人の気質は日本人よりも資本主義に適応できるよう遺伝子ができており、リーガルマインドも、社会的正義、平等観、公正観にウエイトを置く欧米流に近い。」
 
 このように中国人の闘争的な傾向は欧米人的というのだが、これは中国対応をしている人たちの実感だろう。さらにおもしろいのはこのように権利意識が盛んな中国人だが、遵法精神となるとそうでもない。
 
「中国の法体系は・・・民法を含む私法よりも行政法や治安条例といった公法が権威を誇示するという特性を有している。」
 
 法は人々の自由を保障するという考え方ではく、人々を拘束するための道具であるという観念が強いというのである。そのため、「お上」の目に触れなければ法に反しないというような意識が強く、契約などに対する順法精神が希薄だというのである。
 
「契約が成立しても、交渉がそれで終結したわけではなく、中国側がいつでも、状況の変化や当事者の交替などの理由で相手に修正と補充要求ができると考えられている。」
 
 もちろん、このような発想がいつまでも通用する訳がない。市場経済ではお互いの信義が重要で相手が約束通り動いてくれるという信頼があって初めて仕事が成り立つ。
 
 中国では胡錦涛政権発足以来、社会主義市場経済体制を確立するために「体系的で、完備された社会主義法制度の整備」が重要条件であるという認識を示している。2001年に中国はWTOに加盟したのであるが、以来、民法など市場経済のための法律を急速に整備している。契約による拘束力もかなり強くなっている。
 
 私の見るところでは、少なくとも中国沿岸部ではむしろ「契約中心主義」のようなところがあって、何事も契約通り、契約に無いことは要求できない、契約にあることは要求できるというような気風になっていると思う。