名古屋E&J法律事務所ブログ

2016.09.21 水曜日

富士フイルムと化粧品

富士フイルムはフィルムを事業化するために昭和9年に、大日本セルロイドから分離独立した会社だ。当時、フィルム事業は米国イーストマン・コダック社が独占状態だった。また、国内でも小西屋六兵衛店を源流にする、コニカの「さくらフィルム」が優勢となっていた。

 
 しかし、その後、徐々にフジカラーが優位に立ち始めた。その後富士フイルムが圧倒し、コニカは事業撤退している。さらに、世界市場でも優位をしめ、コダック社も押さえるに至った。ここまでの富士フィルムの歴史はとてもおもしろい。
 
 国内販売ネットワークに力を入れて、土産物店、駅販売店などあらゆる場所で販売できる仕組みを作り上げていった。コマーシャルに力を入れたり、レンズ付きカメラ「写るんです」など新商品の開発を手かげてきた。
 
 しかし、注目すべきは、1990年代後半から2000年にかけて同社を襲った大きな環境変化への対処だ。この時期、アナログかデジタルに急速に変化し、写真フィルムを必要としないデジタルカメラが普及し始めた。
 
 首脳陣は当初10%程度のペースの減収と見込んでいたそうだが、実際には25%ペースの減少だった。2000年には売上高の6割を占めていた写真関連事業は、2005年には赤字に転落した。
 
 今回のリーマンショックの時もそうだったが、25%ペースで売上げが落ちていくということは半端なことではない。2003年には経営の根本変革、「第二の創業」をテーマに中期経営計画をかかげ、2004年に発表された。
 
 富士フイルムの改革は成長戦略、構造改革、連結経営強化の3つをテーマに進められた。連結経営強化では意思決定を一元化することで、経営資源の有効かつ集中的な投入を実現できる。また、構造改革では工場の統廃合や生産性の強化を図っている。さらに、従来の写真関連事業から、新たな成長分野への資源の集中的な投資を実現している。
 
 最近、富士フイルムは松田聖子、中島みゆきを起用して化粧品「アスタリフト」を売り出しているが、こうした自社の技術、経営資源の応用としての、成長分野への投資の一つと見ることもできる。つまり、私たちのような「経営」に注目する立場からすれば、富士フイルムの化粧品の販売は、「第二の創業」に対する意欲、強い意志、行動力の現れとも見えるのである。
 
 フラットパネルディスプレイや化粧品などのライフサイエンス分野、情報関連事業など、成長が見込まれる分野への投資を積極的に行った。事業内容は大きく変化し、現在、写真フィルムの売上高は全体の2%以下になっているという。
 
 米コダックがデジタル化に乗り遅れ、倒産に至ったことと対照的だ。
 
 根本改革についての企業としての強い意志、明確な目標と実効性、富士フイルムの改革には学ぶべきものが多い。