2019.05.13 月曜日

豊橋発:会社の発展段階と管理職の育成、社長の人格

中小企業の発展段階を考えると、優秀な管理職を育成できるかどうかが最初の大きなターニングポイントとなる。創業者が一人で活動を初めて人を雇い、徐々に人が成長する。成長した人間が、また次の新しい人を教育するようになり、やがて管理職が登場する。


 管理職を育成できるようになると、複数の管理職が部下を持つようになり組織はさらに発展することになる。ある程度の大きさになった中小企業は管理職が要めとなる。社長と管理職との間には法律上の上下関係はあるが、会社に対する強い帰属意識が求められる。それが会社に対する忠誠心だったり、自分の人生と社内文化との同融化だったりする。

 社長の役目はだんだん社内文化の育成となってくる。
 この段階になると会社にはかなりの利益が生じるようになる。ここで大きなターニングポイントが生じる。つまり、社長の人格的な成長が求められることになる。

 会社はある意味何もしなくても運営され、何もしなくても利益を生むようになる。この時点で社長に大きな誤解が生じる危険性が潜んでいる。会社のオーナーは絶対だ、自分の言うことは社員は必ずきくということと、一方で自分は好きなことがやれるという気楽さが生じてしまう。

 社長は企業文化の育成に専念しなければならないのだが、好き放題始めて、時には会社にとっては寄生虫のような存在になってしまうことがある。経費として称して多額の費用を自分の私生活に使ってみたり、日常的には遊んでばかりいたりする。

 社長が会社の寄生虫のようになるか、会社のアイデンティティのシンボルとして君臨するかはその後の会社の命運を大きく分ける。管理職が成長し、国内にいくつかの支店を持ったりするする場合、次の社長が必要になる。あるいは、分社化してホールディングスとすることもあって、そこでも社長を育成する必要がある。

 こうした次の社長たちは社長しか育てることができない。このレベルになると人格と人格とのぶつかり合いのようなところがある。社長は尊敬されなければならないし、尊敬されてこそ組織が維持される。

  社長が寄生虫にようにならなくとも、強い倫理観を持った文化育成を怠ると、会社の経営を任せ、雇われた社長の腐敗を生む。いつのまにか会社のカネを使い込んだり、別会社を作って事業を乗っ取ろうということはめずらしいことではない。

 社長に強い倫理性や、人格が求められるのは組織にとって理由のあることなのだ。

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