2020.01.06 月曜日

豊橋発:経営者は人格者でなければならない

あながた経営者であるなら、人格者たらんとめざすべきだ。経営者が人格者であるとはどういうことだろうか。最近、中国の古典や論語を読んだりしているので「徳」という言葉が気になる。

1. 経営者は会社文化の象徴であることを自覚すべきだ。
  経営者の徳高くあれば、組織全体が徳高く活動するだろう。経営者の徳が不良であれば、会社は不良の風習が蔓延する。経営者は企業文化の象徴だ。

2. 経営者は自らを律する力を持つべきだ。
  経営者は組織の戦略と秩序を作る。経営者の実践がルールとなる。経営者の判断がルールとなる。だから、経営者が決められたルールを自ら実践してこそ、それが組織のルールとして生きてくる。徳が高いとは秩序を作り上げる力が強いという意味あるからだ。

3. 経営者は厳しくあるべきだ。
  徳が高いとは単なる善人であるとは異なる。社内に対しても、社外に対しても厳しく対決することもできる者が徳ある者だ。現実を動かしてこそ経営者としての成果が生まれ、その成果に対して人の尊敬が集まる。

4. 経営者はすべてに秀でる必要はない。
  高い営業力、高い人事統制力、高い知識、高い事務能力、すべては組織を作る他の者に補わせるべきだ。自分より秀でた者を集め、動かす能力が徳だ。「将の将」たりえる者が徳高き者だ。

5. 経営者は文化、芸術に対する感性を磨き上げるべきだ。
  社会全体の全体の動き、組織内部の全体の動き、自社製品自体の品質レベル、自分自身全体の動き、これらのすべてを感じ取る繊細さが必要だ。それは全体的な「感」のよさであり、音楽などの芸術の意味を感じとったときの直接的な感興に似ている。徳が高くなければその直感は作れない。

6. 経営者は人間性とは何かがいつも追求するべきだ。
  人が大切にされること、人を大切にすることの意味が常に追求されなければならない。人が幸福である状態とは何か、豊かな経済、豊かな時間を人が持つということは何か、会社にいることが楽しく、事業に参画することが楽しいとはどういうことか、経営という制約の中で追求され、実践される。

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