名古屋E&J法律事務所ブログ

2017.09.19 火曜日

テナントの原状回復費用とその交渉

 会社事務所を引き払う場合,原状回復費用がビル管理会社より求められる。
 敷金が10ヶ月分ぐらい入れていると1000万円ぐらいになっているが,それで何とかなるだろうなどと思っていると2000万円とか言って法外な原状回復費用を請求されることがある。こういう経験はどう処理したらいいだろうか。
 
 まず,押さえておかなければならないのは原状回復義務の範囲だ。
 長く借りていて古くなった壁,天井,カーペットなど取り替えろ,古くなった設備を取り替えろというような内容であれば要注意だ。
 
 こういう「古くなったから」というのは私たちは「経年劣化」と呼んでいる。経年劣化した部分は原状回復義務に含まれない。物は古くなれば劣化する。借りた物をそのまま返すというのは古くなってしまったものを返すという意味もあるので,経年劣化部分を新しくする必要は無い。
 
 テナントの多くは原状回復工事の業者を指定してくる。原状回復の範囲,工事内容,単価など高額であるという印象を受けることが多い。この場合,相見積もりをとるなどして交渉を進めることになる。
 
 問題は交渉期間中,テナントの明け渡しをどうするかということになる。交渉に手間取り明け渡しが遅れるとその分賃料あるいは賃料相当額の賠償金が発生する。原状回復工事を行うにしても一刻も早く部屋を返す必要がある。一方,家主は原状回復しないうちは鍵は受け取れないという押し問答が繰り返されることがある。
 
 弁護士としてはこの場合,ともかくも鍵を渡しますと鍵を目の前に置き受け取ってくださいと相手に伝えることを勧める。受け取ればとにかく明け渡しは完了したことになる。受け取らなければ受領拒絶と言って,明け渡したのと同じ効果,つまり明け渡しが遅れていることの責任は免れる。
 
  こうした事例については判例があり,東京地裁平成25年6月26日判決は原状回復義務の問題と明け渡しの問題は別だとした。つまり,原状回付義務を履行しなくとも占有を移転させれば明け渡しは完了したというのである。この事例は原状回復方法や費用が折り合わないまま交渉が続き,とりあえず鍵を返すと言ったのに家主はこれを受け取らなかった事例だ。判決は鍵を受け取らないことに問題があるとした。
 
 理由は次の通りである。
  ① 民事執行法168条1項が強制執行において単に占有を解いて占有を取得させるとしていること
  ② 賃貸借契約では「明渡し」と「原状回復」を別の行為と認識していること
  ③ 原状回復がされていなければ原状回復義務が債務不履行になるに過ぎないこと。
  ④ 原状回復がされていないと明渡しが完了しないとなると指定業者が工事をしない限り明け渡しができなくなってしまうこと
  ⑤ 明け渡しを受ければ,家主自ら工事を行うことができるようになること(保証金をとっているのであるから自ら工事を行うことになっても酷とは言えないとした)