2014.05.26 月曜日

豊橋発:グローバリゼーションと金融

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 大昔はブロック経済というのがあって、イギリスやフランスが世界経済を独り占めしようとしていた。おかげで利権を求めたドイツや日本が侵略戦争をした。戦後はやはり自由貿易ということで、GATTやWTOができあがったというのが私の教科書的理解だ。
 
 貿易の自由というのは、今でも重要だと思うが、WTOのころになると資本投下の自由という方向に発展していった。ベトナムやタイで部品を作り、中国で組み立て、欧米に商品を売るというような感じだろうか。
 
 友人の会社がメキシコに支社を持ったのだが、NAFTAの下、メキシコにはたくさんの米国籍企業があって、地元としては歓迎していると言っていた。世界のどこでも会社を設立して、国際的な分業を作り上げていくというのがWTO初期の感覚だったのではないだろうか。つまり、資本投下の自由を保障して生産現場の国際的分業を推進しようと考えていたと思う。
 
 ここからはよくわからないのですが、
 
 さらに、今日、国際的な分業は当たり前となり、より緊密な市場の融合化が図られようとしている。世界の経済は金融の自由として表現されつつあるのかも知れない。世界市場は生産の場と消費の場との区別が徐々になくなり、流通は複雑化していった。融合化する国際市場は複雑化しており、基軸通貨であるドルの流れ、使われ方、管理のされ方によって理解した方がわかりやすいのかも知れない。
 
 「グローバル化経済の転換点」(中井浩之著、中公新書)は「金融」の視点で世界経済を分析している。最近の経済を3つの時期に分け、最近の情勢は2002年~2007年で区分する。この時代はレクサスに象徴されるように、国際的に金融がふくれあがり各国で景気の回復が図られた時期だ。
 
 世界規模で金融が拡大していくことは、各国の経済リスクも背負い込むことになる。リーマンショックによって、世界は不況に突入し、日本は這い上がれないでいるのいい例だ。これは国際的な金融のふくれあがりが問題ではなく、金融が国際的に管理されていないのが問題なのだろう。それに、もともと日本の経済政策に明確さ、一貫性が欠けているせいもあるだろう。つまり、世界経済のせいではなく、国が弱いせいだということだ。
 
 柔道の選手が審判が悪くても、ルールが悪くても、人のせいにせず、「弱いから負けた」ということがあるが、金融による不況は日本の経済政策の問題にあるのであって、必ずしも世界金融ばかりにあるわけではない。「不況なのは日本が弱いから負けた。」のだ。