2015.10.13 火曜日

豊橋発:小さな社長

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一つの組織が質的に変わることがあるとしたら、その会社がマネジメントできる社員を作ることができた時ではないだろうか。

 
 創業者の独創性と馬力で事業は次第に大きくなっていく。企業が急激に成長する時にはかならず身の丈を意識したければならない。自社で引き受けられる許容量というのがあって、それを超えて受注すると必ず破綻する。
 
 例えば、「仕掛かり」が積み重なり、何もかもできなくなってしまう。キャッシュフローは急速に悪化する。ふくれあがった組織を削ることもできず社長は呻吟することになる。たいていは、積もった借金も存在する。
 
 それは、ともかく、事業を順調に伸ばし、組織もそれなりにできた時点では次は幹部の養成に着手することになる。勘の良い経営者は創業間もない頃から右腕を作りあげている。早い時期から本能的な感として幹部候補を意識している。
 
 幹部と従業員とは全く異なる。
 従業員については指示された事項を確実にこなすことが求められる。実際の裁量の幅は小さい。
 それに対して、幹部は会社の目的実現のために責任を果たそうという積極的な姿勢が求められる。時には事業全体の方向性を意識するだろうし、受け持ちの部門における最大の利益を追求することになる。自分の部下たちの幸福も願い、生き甲斐ある職場を提供するという意識も求められる。
 
 社長としては幹部に対して「小さな社長」であれと求める。自分と志を同じくして、自分と同じように会社の行く末を展望し、自分と同じように会社運営に新しいアイディアを出してくれる、こうした幹部になってくれと望んでいる。社長のような意識を持つが、「自分のように」と義務づけられてしまう。
 
 私はこの点よく分からないのだが、会社のアイデンティティは大事にしてほしいが、社長が「自分のように」と枠づけるのには問題があるかもしれない。
 
 ドラッカーはマネジメントを担う労働者を「知識を活かして仕事をし、知識をもとに、全社の活動ぶり、成果、将来の方向性を左右する判断を下す人々である。」とし、知識労働者(knowledge worker)と呼び、その組織を知識組織(knowledge organization)と呼んでいる。
 
 それは「地位の高い人にただ従うのではなく、各自が自分の責任を果たし、権力ではなく成果を権限の源泉にすることを意味する。」、もちろんそのためには意思決定の権限を疑いの余地のないほど明確にする必要がある。そこでの問いは「この職務から最大限、どれだけの貢献が引き出せるはずか?」というものになるという。