2013.07.26 金曜日

豊橋発:The responsible worker (3)

「法律相談はE&J豊橋法律事務所の弁護士が対応いたします。」

 (前号より続く)

 
 ドラッカーはこの「関係」について、「共同体」という考えを取り入れている。職場は人の全てを支配できない。細かく「アメとムチ」を定めても意味はない。他人が達成感をもたらすためのプログラムを定めても限界があるというだ。ある範囲では職場のコミュニティーが自主的に解決するだろうと言うのである。そこでは,X軸,Y軸といっても意味はない。職場に個人がどのように適応するか,集団がどのように適応しているかという支店が重要だというのだろう。
 
 確かに、人間は社会的な動物で、共同体内部で、ある一定の権限分配、共同体の目標が設定し、「腹に落ちていれば」自主的に判断してそれに従って動く。みんな集団の中で、自ずとやるべきことを見つけ、問題があれば集団の中で話し合い、実践的に解決する。自分で自分のやるべきはことを見つける。
 
 マネジメントの役目は集団が自主的に判断して,独自に動けるよう集団のやるべきことが明確になっていることだし、自主的に判断できるような体制がつくりあげられていることだ。そして,マネージャーは集団として機能しているかどうかを絶えず目配せすることが必要だ。判断を丸投げして放置することではできない。自主性に委ねるとは放置するということとは異なる。経験や理論に裏付けられた「感」を働かせて,たえず集団を理解しておく必要がある。それは,かなりきつい責任だ。
 
 さて、ドラッカーはここにとどまらない。
 企業という大きな組織全体が、「共同体」を小さな単位を作り上げ、相互に関連づけられ、さらに全体として最大の効率(利益を上げるための効率)を作り上げるための諸要素を分析している点だ。ここの諸要素はひとつひとつが深い。
 
 小項目だけを紹介する。
 「自己管理のためのフィードバック」
 「たゆまぬ学習」
 「プランニングと実践」
 「明快な権限関係の必要性」
 「作業と作業チームの責任」
 「組み立てラインと職務の充実」
 「働き手の責任と『新世代』の働き手」
 「工業化に馴染みの薄い人々」
 「知識労働者」
 「職長の救済」
 「共同体としての工場やオフィス」
 「リーダーになる機会を用意する必要性」
 「職場コミュニティーの活動」
 「自治的な職場コミュニティー」
 
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